意味深な残り香
 (ラバヒルです)
 


通行人の白いシャツの胸元が、
ぴっかぴかのハレーションを起こしているのが。
じっと見ていると眩しいくらいの、
そりゃあ いい陽射しが降りそそいでいるっていうのにね。

 “…何なんだろか、この冷たい風は。”

季節を先取りってんで、
まだ寒いのに春物の薄いシャツでにっこりなんてのは、
お仕事で在籍している“業界”じゃあさして珍しくないことだけど。
そうやって頑張って撮った写真で紹介していた装いに、
なかなか手を出してもらえない気候ってのはどうなんだよと。
出演していたドラマの関係から少し延ばしていた髪を、
斟酌なく掻き回してった北風だったのへ、
ついつい不機嫌そうに目許を眇めた桜庭で。
ずっと寒さが退かないっていうならまだ、
そういう年もあるよねぇなんて、苦笑一つで諦めもつくが。
ほんの一昨日は半袖Tシャツで闊歩出来たほど暑かったし、
そうかと思や、確か先週の中程だったか、
花見に持って来いな いいお日和が続いていたのが一転、
台風かってなほどの大風が吹いて。
グラウンド脇の気に入りだった山桜なんて、
早めに咲いたのが徒になり、あっと言う間に散っていたりもし。

 “……う〜ん。”

これでも随分と、我慢強さは養われた方だと思うのだけれど。
それでもむっかりしちゃうのは、
寒いのに微妙に弱い誰か様が、
この寒さのせいだろう、朝一番に断りのメールを入れて来たからなのかも。

 “いやいや、きっとそうに違いない。”

だって、妖一ってばあんなに楽しみにしてたのに。
話題の3D&特殊効果満載の映画のお披露目を兼ねた、
本場アメリカのプロたちが個人的に作品持ち寄ったっていうSFX展で。
しかも今日催されるのは、
関係筋オンリーっていうプレミアつき先行試写会。
特殊撮影に使われた未公開の装置も持ち込まれるって言うし、
ずんと精査されたプログラムへの意見交換会もあるとかで。
単なる新作映画のお披露目しかやんない通常イベントはどうでもいいけど、
そっちは絶対見たいって言ってたのにサ。

 「……。」

あ〜あと溜息つきながら、
それでも…一人ででも、
会場になってる見本市会場へと向かう彼なのは。
どうしても見学させてほしいと無理を言った手前、
自分はすっぽかせなかったのと、
パンフや何やだけでも貰っておいて、
それをお土産に寒のお見舞いに行こうという、
健気な目論みがあったりしたから。
タクシーを使ってもよかったのだが、
花見のシーズンと重なってたので、もしやして渋滞に引っ掛かっては洒落にならない。
臨海地への都市高速へと乗り換えるため、
ホームへと降り立ったところへ吹き抜けた突風に首を竦めていれば、

 「………あ。」
 「おや。」

同じ電車から降り立ったらしい、見覚えのあるお顔と目が合った。

 「えと、こんにちは。」
 「うん。こんにちは セナくん。」

あれ? ガッコはどうしたの? 平日の午前中なのに。
まだ高校生の可愛い韋駄天くんへと問いかければ、
制服姿の肩すくめ、

 「あのあの、ウチは今日が始業式で、それが早めに済んだので。」
 「あ、そっか。」

ガッコによってまちまちだから、
泥門はそうなんだと、そこへはすんなり納得も行ったけど、

 「でも、だったら練習に…ってことにはならないんだ。」

中学から大学までという一環教育の王城と違って、
公立の学校は、三年生になると即 部活からは引退扱いになるところが多い。
だっていうのに、彼らのところの先輩さんは、
昨年の秋の大会で、
新生チームには奇跡のような全国優勝を遂げただけじゃああ収まらず。
続いての冬休み中にチーム編成がなされ、
つい先日の春休みに大会が敢行された、
オールジャパンによる世界GPへも参加をし。
見事にQBとして活躍した輝かしい実績担いだまんま、
受験と並行して後輩の彼らをしごいているとの噂も聞いてる。
現役時代も破天荒でおっかなかった鬼コーチ様が、
黙ってないんじゃあと言いかけた桜庭だったが、

 「……と、」

ひゅんっと再び吹き抜けた風に、
思わずのこと首を竦め、眸を閉じた…ことで鋭敏になったか、
それはそれはかすかなそれではあったれど、
桜庭の鼻先へまでふわんと届いた匂いがあって。

 “え?”

これって…と、過敏になっての慌てて眸を開けても、
想起した存在の姿はなくて。
ただ、

 「……あ。」

見覚えのあり過ぎる字の綴られたメモ、
しっかと握っていたセナなのに気がついた。

 “うあ、僕の嗅覚ってそんなまで極端?”

桜庭と同じボディソープを使う誰か様。
お花のような華やいだ香へ水蜜桃みたいな甘さも加わる、
女性にも使えそうな匂いのするところが、
ずっと人気の定番商品で。
だけれど、何故だか微妙な個人差が出てのこと、
彼からはどうしてか、ミント系の匂いが立つのが不思議だった。
きっと整髪料の匂いと混ざっちゃうんだろうな、なんて。
こちらの懐ろへと囲い込み、
間近になった髪へ鼻の先を突っ込んで囁けば、

 『うっせぇなっ。////////』

別に同じ匂いになんてならなくていいと、
真っ赤になりつつ口許尖らせたのまで思い出す。
そんな彼の匂いだけ、何故だか まとって来たセナだったらしく。

 「ああ、えっと。蛭魔さんでしたらお休みで。」

風邪をひいてしまわれたとかで、学校は休まれてたんですが。
注目校まで偵察に行って来いって、
学校別に此処を見逃すなって指示つきのディスクと、
部員全員へ割り振った注意書きのメモとを、
部室まで届けさせてくれたんですよね。
誰にか というところで、
小さく乾いた笑いようをしたセナくんだったので、
そこんところは不問ということで流した方がいいらしく。(苦笑)
まま、それは今回に限ったことじゃあないので置いとくとして、

 「あのさ、そのメモって…じゃなくて。」

熱がある身で書いたから、余計に匂いもついてたとか?
それともセッケンだ何だと一緒くたに買ったんで、
そっちからの移り香だったりして?
そういった細かいことなんて言えやしないのがもどかしい。

 「休んだって、そんなに重い風邪なのかな。」
 「逢ってまではいませんから、容体までは判りませんが。」

セナの側へも、多少の不調は押してしまう先輩だってのは刷り込み済み。
なので、桜庭の案じようには察しもすぐについたらしく、

 「メールとか電話での、肉声つきじゃないってことは、
  重い症状が出ておいでなのかもしれませんね。」

その方が断然効果抜群だろうに、そうじゃなかったことへ、
だったら…という推察が立つ辺り。
ともすれば桜庭よりも洞察が深いのは、
悪魔様とはアメフト方面でのお付き合いが、
桜庭より微妙に長いセナなのだからしょうがないとして。

 「そっか…。」

そうなんだと、
さっきまでは微妙に憤慨していた気持ちがするすると収まってゆく。
そこまで具合が悪いのならしょうがないよね。
ちょっとだけムッてしてたけど、
今はもうそんなこと思ってないよ。
きっとホントは妖一だって、
楽しみにしてたんだもの来たかったろに。
いろいろ見聞きして、お土産話を山ほど抱えて帰るから、
それを楽しみに待っててね…と。
再び吹きつけた冷たい風に、前髪ばっさと乱されつつも、
決意の拳をぎゅむと握りしめ。
丁度ホームへ入って来た列車へと、
昂然と顔上げ、乗り込んで行った桜庭だったのであった。






 …………という模様を、
 ホームへの乗客の昇降監視用のだろ、
 カメラ映像をハッキングして見届けてから。


 「……よぉっし、これで寄り道しねぇでこっち帰って来そうだな。」


ベッドの上で身を起こし、
お膝に開いたノートパソコンへ映し出されていた情景へ、
こちらさんもまた拳をぎゅむと握りしめ、
それから……コンコンコンと咳が続いて背中が丸まる。
風邪を引いたのは本当で、だが、
それと知ったらあの桜庭のことだから、見舞いにと飛んで来かねない。
せっかくのプレミア試写会、
無理して割り込んだってのに、それをふいにさせるのは忍びなく。
まずは素っ気ないメールで、単なる我儘なように見せかけて、
それから…セナへと託したのが、
一晩ほどパジャマの中に忍ばせといたパッドへと書いた指示メモで。
自惚れじゃあないが、匂いとか声とか、妙なことへと敏感な誰かさんなので、
これが駄目押しになって、ちゃんとお使いこなす筈…と見た、
やはり策士な悪魔様。(但し、只今風邪引き中。)

 “……大体だ、この風邪だってだな。//////////”

何日か前の、あの寝苦しかった晩に、
誰かさんが微妙にくどかったから拾ったようなもの。
そういや今日は“オレンジデー”とかいう日だそうだから。
風邪に効く柑橘類でも抱えて帰って来る、に 5000円…なんて、
相手のいない賭けなぞ思いつつ、
大人しく布団の中へともぐり込む、鬼の霍乱に襲われた悪魔様。
昼下がりには恋人さんも戻って来、
おいしいリゾット作ってくれますからね?
それまでゆっくりおやすみなさい……。




  〜Fine〜 10.04.14.


  *お題噺の“素直”が 寒の戻りのお話で。
   そして今がまた、
   片やで桃やツツジが咲いてるってのに、
   雪さえ降りかねない冷たい風が戻って来ていたり。
   陽射しは申し分なく目映いんですのにね。
   冬に引き続き、妙な春がまだちょっと続くようです。



感想はこちらvv めるふぉvv

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